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2009年6月

2009年6月24日 (水)

エンジン周辺・・・

塩水は強烈です・・・。

普通は折れないだろうブロンズ製のレバーが逝っちゃいました。

スタンチューブのホースバンド付近も・・・係留中には触りたくないなぁ・・と思うほど錆の塊に。。ポキッといったら轟沈しかねない・・・。

この辺は重点的に要メンテですよね。

Eg

こちら、エンジンマウントのビスが既に無くなりつつあり・・・。

Sulu

ブロンズで出来た水弁がボキッと。。。焦、、、。

ところで、この辺の部材ってブロンズで出来ているんですが、見た目凄く似ているブラス(真鍮)製の水道金具使って一気に電蝕して沈んだ艇が数知れずです。ホームセンターで売っている金色の金具は99%「ブラス(真鍮)製」です。これを海水で使うと、化学的な力で真鍮合金の中の亜鉛が溶け出し、脱亜鉛という現象が起こります。骨粗しょう症のようにスカスカになって破断しますので恐ろしいです。水周りの金物は必ずブロンズ(青銅)製を使わないとヤバイです・・・。

2009年6月23日 (火)

ヨットは帆船とは言えども船検上エンジンは必要・・・

不動エンジンを積んだヨットをドッグヤードに回航してきましたが、当初は船内でバラしてオーバーホールしてみよう・・・・と思っていました。エンジンはヤンマーのYA8です。

しかし、残念なことにメーカーにも部品のストックが無いものが数多くあるみたい・・・。

そして、エンジンが動かないとJCIの船舶検査も通らないので名義変更などにも問題が出てくる・・・・。そして何よりも検査手帳が無いと保管場所の係留許可が下りない!これらの問題により、今回は業者さんにエンジン修理をお任せすることにしました。

しかし業者といえども部品の無いエンジンはどうしようもないみたいです。丁度業者さんが自分のところで購入して素性と履歴の判っている僅か2年落ちの中古ヤンマー1GMの在庫があるというので、それに乗せ換えを決定しました。

思ったよりも色々と見えない手間がかかり、工期が色々と延びてしまいましたが業者さんは大変に親切丁寧な上に責任持って仕事をしてくださいました。(東京湾マリーナ内のマリンエクセルさんです。感謝!)

そういうわけでエンジン積み替え記をしばらく綴りたいと思います。

_dsc6573_2

積み替え前のYA-8. シリンダに水が回っていてクランクシャフト回しても回転せず・・。エンジンのヘッドをはぐって見るとバルブは猛烈にサビサビでご臨終・・・。 少なくとも腰上は全滅でしたので、どの道完全オーバーホールか換装しか道は無かったようです。

2009年6月20日 (土)

~ソレイユルボン26f~

Rubon_2

私の艇、ソレイユルボンです。

船齢25歳という熟女(老女?)です。前のオーナーさんが体を壊し長期入院され、管理が一切出来なくなってしまい、更には置いていた保管場所も継続使用が出来なくなる状況になってしまておりました。そこで「タダ同然で良いので誰か引き取って」とのお話から、本当にタダ同然で頂戴してきました。流石にタダでは余りに申し訳ないので5万円ほど包んでお渡しさせて頂きました・・・・。

元来、DIYが超大好きで、正直言って船の楽しみの半分は「自由にいじれる楽しさ。ログハウス的な楽しさ」だと思っています。(私の楽しみ方においては・・です。) そこでコツコツとレストアしていこうと思っております。

老齢船ですが、幸運なことにハル(船体)は非常にしっかりしております。オズモシス(FRPの癌)も発生しておらず主要構造物の腐食なども殆どありませんでした。但し、マストを除くリギン類は全て寿命で何時腐ってもおかしくない状況。エンジンはくず鉄。電気系統は全て死んでいました。ハルの塗装も写真の通り酷い状況になっていました。

自走が不可能でしたがヨット仲間のサトカズさんの御厚意により彼のヨットで曳航してもらい、ドックヤードまで回航してきました。それが上記の写真です。

今後は航海記・・というよりDIY日記になっていくと思います。

ヨットネタ第一号・・・・

ヨットネタの第一号です。

私がなぜヨットを始めたか・・・を紐解いてみます。

思い起こせば小学生のときでした。(ふるっ!そこまで紐解かなくてもいい?)

当時、第一期ルアー釣りブームの真っ最中で、小学生向けの本にはブラックバス釣りの記事がしょっちゅう掲載されていました。ただ、この当時はブラックバスが生息するのは琵琶湖・霞ヶ浦・富士五湖・・と限られた場所しかなく、小学生の私にとっては外国も一緒でした。

神奈川に生まれて神奈川に育ったのですが、父母が広島の山の中(ヒバゴンで有名なところ)の出身で、夏休みは祖母のところに1ヶ月まるまる預けられ、田舎暮らしを堪能しておりました。すぐ近くに綺麗な川が流れ、そこには30センチオーバーのウグイがウジャウジャいました。そこで、小さなルアーを使ってウグイのルアー釣りにハマっておりました。これが小学生のころの話です。

さて、そんなことをしていると、「対岸のあのポイントに行きたい」「川の中から釣りをしたい」という願望が生まれてきました。それが私の「船への憧れ」の原点でした。

それから10年・・・自動車免許を取得した後、夢であった富士五湖・霞ヶ浦への遠征が始まりました。時は第二次ルアーブーム真っ只中で、至る所にレンタルボート屋がありました。そこで4級小型免許がどうしても欲しくなり取得をすることに・・・・

しかし、免許取得の国家試験が平日にしか開催されていません。当時、平日休むのは至難の業でしたので、ゴールデンウイークを使い合宿免許コースに入りました。(これを免許を買うといいます。笑)。どうせゴールデンウイークに行くならば景観の良いところで・・と思い、その道では有名な尾道海技学院に入校。

これが運の尽き?でした。

5月の瀬戸内の海・・・いやーーー、素晴らしいですよ、ほんまに。

当初「釣りをするための手段」として捉えていたボート免許が、一転して「船に乗るため」が第一義になってしまいました。

東京に帰り、どうしてもボートに乗りたい・・・・・。そこで調べてみると、当時は大らかな時代で、地元の河川に格安で係留出来たんですね。場所によってはタダで大丈夫でした。そしてボートは10万円ぐらいから中古艇が売っているのです。これを買えばわざわざ霞ヶ浦まで遠征しなくても、都心の河川でシーバス(スズキ)釣りが出来るじゃないか。そう思って購入してしまいました。

そこから色々学びました。海は誰が守ってきたのか?日本の海はどういう法律で管理され、国民はどのように利用できるのか?海の掟とは??

今まで考えもしなかった新たな発見が数多くあり、そして海に生きる人の豪快な人間模様・・・。すっかり「海の面白さ」にはまり込んでしまいました。

そして3-4年ほど前でしょうか?大きくは経済的な理由から帆船にシフトしました。

帆船は文字通り「帆」で走りますから基本的には燃料が不要です。そして自動車のように「~税」と呼ばれるものが一切ありません。唯一必要なのは帆船の保管場所ぐらいなものです。しかしこれも場所を選べば「0円」というところもあります。(0円のところは0円なりの理由があるので・・・実際は普通自動車の駐車場分ぐらいで何とかなる) 

当初、経済的な理由から帆船~ヨット~の世界にシフトしましたが、今では大正解だったと思います。 何が正解かというと・・・兎に角奥が深いです。風を読み、波を読み、しずしずとそれでいて確実に前に進んでいく楽しさ。

その様な訳でヨットマンとしての技量は初心者同様ですので、今後珍道中が待ち受けていることでしょう・・・・。

ここまで読んでくださった方、、感謝。( ̄ー ̄)ニヤリ

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