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2009年10月

2009年10月18日 (日)

イイ感じのシーサイドレストラン

子供を連れて湘南ドライブをしてきたのですが、凄くイイ感じのレストランがあったのでご紹介します。

M1

西湘バイパス/小田原厚木道路を終点で降り、国道137号線(通称真鶴道路)を熱海方向へ向かって5分ぐらいの海辺にある「Pesce grosso」というイタリアレストランです。

店内に入ると

M2

小洒落たロビーを通りぬけ・・・

M3

この通り太平洋が一望!

M4

まず出てきたのがオードブルで早川漁港で獲れた魚介類のカルパッチョ。そして驚くことにガラスの下は海note

どういうシチュエーションかといいますと

M5

テーブルの横がこんな感じなんです。全席シービュー!いや、これは気持ちが良い!

M55

だからサラダもなんだか美味しそうに見せませんか?

M6

そして晴れた日はオープンテラスも使えるみたい。潮風を取るか?でもここは店内の雰囲気も素晴らしいです。

M7

入口のクラシックカーが目印のこのお店。眺望と雰囲気は五星!味も結構良かったし、 店長の接客態度が非常に好印象。 オススメです!

また行こうと思います。

ps 店の回し者ではありませーーーーんgood

2009年10月16日 (金)

キャビンのドアを自作

ずっと以前にチラッと書きましたが、キャビン入口のさし板がカビて遂に崩壊してしまいました。

そこで、さし板に代わり、ドアを作りました。

Doa

大凡完成間近の写真です。これはさし板じゃ無く、

Doa2

このように開き戸です。

何故に刺し板じゃないかというと・・・・

  • 桟橋係留時、さし板をいちいち閉めるのが大変面倒である。
  • また、航行中も面倒で刺さなくなる。
  • すると万が一のノックダウン(横倒し)の時には沈没の危険が増大する

という理由から、開き戸に改造してみました。

ただ、開き戸にするとノックダウン時やオーバーロール時に水圧に耐えられるのか?という心配もありました。そこでかなりのオーバースペックとして作ってみました。また、脱着可能なドアヒンジを使ったので、不要時にはさし板同様に一瞬で取り外せます。

何にせよ、設計から数か月・・・コツコツと一部づつ作って先日ようやく完成となり、、、昨日実際に航行してみたのですが・・・いやー、便利っす。メインシートトラベラーの位置によって、若干出入りがしにくくなりますが 、その代りに出入りしたすぐあとに瞬間に水密ロックが可能なので、かなり安心感が高まりました。

桟橋でも暖房・冷房のキャビンエアが逃げず非常に快適です。note

海での怖い話し その4

随分前の話しですが・・保田漁港へ数艇で船団作り遊びに行ったときの話です。

当時を思い返して、ドキュメンタリーを・・・・。

<序章  喜びの出航>

当時、新艇(勿論中古艇 35ft、200PSTwinシャフト艇)のボートを入手して、たしか初めてのロングクルーズだったと記憶している。

保田に入る前は風はあれど波穏やかなクルーズ日和だった。午後から少し風が上がるとの予報が出てはいたが、至って穏やかな航行だった。

その船団の中に付き合いの長いO船長という方がおられた。彼はベテラン船長で、この海域の詳しさや電気・機関などへの玄人並の知識といい一目おかれる存在の船長。彼と一緒に航行すると私のようなサンデー船長にとっては非常に心強い存在だった。

行きのクルーズは終盤間近。保田漁港が見え、名物の大型定置網を左に見ながら漁港へと艇を進め、無事に港へ到着した。

<宴の後>

保田で宴を終えた頃。先ほどより随分風が上がり、漁港岸壁から見る浦賀水道は全く別の表情になってた。3m・・4m・・・?兎に角凄い波になっている。そして風は10分毎にどんどん強くなっていく様子を見せる。

これは今すぐ出ないと出航できなくなるな・・・・そう感じ、すぐに荒天時のチェックを今一度行い、ゲストには揺れると思うのでキャビンにいるように指示を出す。

O船長とは目的地がほぼ一緒だったので、無線で連絡を取り合いつつ一緒に帰る予定だった。この近辺は何度も通った道なので、特に事前ブリーフィングも行わず、暗黙の了解の下で出航準備を進めていた。

<牙を剥く>

保田漁港を出た瞬間、フライブリッジの上を通過する派手なスプレーを一発浴びた。

いやー、こりゃ難儀しそうだなぁ・・・でもま、何とかなるべ。

そして1分ほど沖へ進むと、なめて掛かると危険な状況であると判断した。一瞬港へ戻ることも考えたが、後ろを振り返ると港の入り口は沖より成長した波が押し寄せ凄いことになっている。出るには出れるが、戻るのは無理だ。丁度その時は25ft以下の艇が数艇一緒に居た記憶がある。しかし、、、そのサイズでは乗り切れない波と判断し、すぐに無線で「出ないほうが良い。かなり危険。」と告げた。

そうしているうちに、O船長の艇も港から出てきた。出た瞬間に船体が見えなくなるほどの波しぶきを上げている。彼の艇は35ft、300psツインシャフトのスポーツフィッシャーだったので、この程度は楽とは言わないが安全上はまあ問題ないだろう。

<凍りついた!>

O船長の船が私の右を通過し、足早に岸壁近くの三角波地帯を逃げるように進んでいった。流石にスポーツフィッシャーは荒波の中でも速い・・・。しかし、やや右に寄りすぎではないか?そちらには定置網がある。若干心配しながらも、「まあ、彼の事だから心配無用」と思って、私は私で自分の信頼するルートで船を進めた。

その瞬間、無線が開き・・・

「アミッ!!!!!!!!!!網につかまったッ!!!!!!!!!!!」

という彼からの緊急電が!

見ると定置網に艇を半分乗せ、荒波に揉まれているではないか!!!

私は全身という全身の毛穴が広がり、足が震えた。船に乗っていてこの時ほどの緊張を経験したことは、当時は勿論、未だに無い。

私は停船し、船を波に立てながら考えた。

「今近づくと、確実に二重遭難になる」

「かといって、この波で網につかまったら1分持たない可能性もある」

「迷っている暇は・・・・・ない!」

丁度、自分の艇に小型の自動膨張式ラフト(救命いかだ)が積んであった。最悪、コイツを使うか・・・・?

同乗者にはゲスト以外に免許持ちが一名同乗していたので

「本船はこれより救助に向かいます。ただ近寄ると本船も危険だから、最悪の場合、あのラフトにロープを結び、風上より向こうに流します。かなり揺れて危険なので、あなたも救命胴衣を確認して、出来れば命綱もつけて。キャビンのゲストには絶対外に出ないように命令してください」

そう告げて、無線にて・・

「あーーーー、、、最悪の場合はこちらからラフトを風上より流すから。要望あれば指示をして」

と告げた。

それと同時に

「ぬっ、抜けたっ!!!!網抜けたっ!!!!」

そのコールと共にバックしながら網から抜けていくのが見て取れた。

助かった・・・・・・・・・・・私は全身の筋肉がヘニャヘニャになるのを感じた。

後で聞いたことだが、大きな波が来て、艇がグワッと持ち上げられ、それで外れたとの事。大荒れ+網の恐怖は想像を絶するものだが、その大荒れの波に運良く助けられた形だった。なんと運が良いことだろう。

そしてO船長から

「えーーー、プロペラや舵が心配なので、一度どうにかして港に戻ります」とのコール。

念のために私は沖合いで彼が港に無事に入るのを確認し・・本来のルートに向けて単独航行に乗り出した。

<一難去って>

横波を食らうと危ないし、岸辺近くは砕け波で危険なので、一度太平洋へ向けて沖に出て、その後浦賀水道中央付近を北上し東京湾へ入ることにした。船を一度大島方向へ向けて暫く沖に出しをする。

沖合いに出ても、相変わらずフライブリッジから見ても波の頭が見えないほど波高はあるもの、波長は少し長くなってきて幾分楽になった気がした。

色々ありすぎて疲れた・・・・一息つける・・・・と思ったその瞬間、左のエンジンの吹けが極端に悪くなり、回転数がアイドリングまで落ちてしまいました。こっ、こんな大荒れの中でエンジントラブル!!??

そしてその数分後、今度は右のエンジンが推力低下!!!もうアイドル回転以上は上がらなくなった。

ここで青い顔すると同乗者がパニックになるので・・・免許もちの彼にだけに「いざという時にはシーアンカー流すから宜しく。この推力じゃ先の港には入れない。陸地近くは今の通りアンカリングも出来ない。浦賀水道中央まで出て、東京湾を目指し、観音崎を兎に越し風裏に回るから。途中でエンジン止まったら即救助コールするから、それまでは不安を顔に出さないようにネ」

と伝え

「ゆっくりいきましょうやー。ほらー、大島がみえるよー」とゲストには伝えておき、後は運を天に任せた。どの道この推力じゃ港に戻れないのだから。

そして、船を浦賀水道~観音崎に向け、デッドスローでの航行を続けた。

観音崎通過まで何分掛かった事かよく覚えていないが、兎に角永遠の時間に感じた。

何とか東京湾内に入るまでエンジンはデッドスローながら回り続けてくれた。このまま止まる挙動が無かったので、最寄の港に入り原因究明。予想通り、大揺れにより燃料タンクの汚れが攪拌され、フィルターが両方詰まったのが原因だった。なおあの揺れの中ではフィルターの交換は不可能だった。(エアを吸って止まったら終わり)

<この一連にての教訓・・・・>

海上においては、自分が強く「おかしい。変だ」と思ったことは、それが先輩であろうと、必ず具申するべきだということ。O船長に「そっち、網あるよ」と一言言っておけば、今回の事故は防ぐことは出来たかもしれない。その具申が相手のプライドを傷つけようと何だろうと、命あってのモノダネだ。たとえ「知ってるよ」「余計なお世話」だと言われたとしても、それで危険を未然に防げるならウルサ爺と言われても言おう。と、決めた。(ま、海上においてはです、、、、)

ps Oさん、読んでたら・・・・ブログネタに使っちゃいました~~~。あははー、ごめんー。

海での怖い話し その3

間があいてしまいました。

前回の雷見ていて思い出しました・・・・。

あれは夏のある日・・・。横浜に遊びに行った帰りのこと。風の塔を通過し、江戸川に向かっていた時のことでした。江戸川上空と思われる方向が、昼なのに真っ暗になっていきます。

「一雨くるかね」

そんな話を同乗者としながら船を進ませると・・・

「ぴかっ」

と、真っ赤な不気味な光の矢が立ちました。青とか黄色とか白じゃなく、真っ赤な雷でした。黒い空に赤い雷・・・・物凄く不気味です。

すると、突然気温がスーーーッと下がりました。まるで冷房を入れた部屋に入ったような感じ。その瞬間、1kmほど前に真っ白なカーテンが出現。そのカーテンが猛烈な勢いで自分に迫ってきました。

「やばい。。。。。。。。寒冷前線に突入する!その先は雷雲・・・!」

90度横方向は快晴の空だったので、そちらに向かってターンしフルスロットル。

しかし、その瞬間から真っ白な霧に包まれました。

GPSがない船だったので・・・コンパスだよりに30ktに届くマックス速度で猛ダッシュ・・・。

運良く数分で霧から出ましたが、後ろを振り返ると真っ黒な雲が目前まで押し寄せ、地鳴りのような雷鳴が・・・・・。     

怖かった・・・・。

海での怖い話し その3-2章

これも雷の話です。

10年ぐらい前の話しになります。当時江戸川に船を留めていました。

夜仕事が終わり、首都高速に乗り江戸川方面を目指していると、江戸川区上空が雷雲で凄いことに。

「今行くと土砂降りの中かなぁ・・・」と思ったその時、携帯が・・・・。

「もしもし?○マリンだけど!すぐ来て!お宅の船が燃えている!!!」

管理している地元マリン業者からの緊急電話でした。

しかし、燃えているって・・何故!!??

「雷だよ。直撃だよ。ボーボー火が出ているよ。消防車が何台も来て大騒ぎだよ!」

えっ~~~~、、雷が落ちたぁ???うそでしょ、そんな都合よくピンポイントに??

正直、信じられない気持ちでした。

とりあえず車を飛ばして現地へ急ぎました。その間、余り褒められた係留方法じゃなかったので(現、江戸川PBSが出来る以前の話・・・)、消防の事情聴取とか大変な事になるんだろうなぁ・・と思うと逃げてしまいたい気持ちに・・・。

現地に到着して野次馬装って近づいてみると・・・・・

あぁ良かった・・・燃えているのは隣の船!!!(ちっとも良かぁない!)

結局その燃えていた艇は全損でした。その艇は有名なヤマハのスポーツフィッシャーで定価6000万円也が一瞬でパー・・・・・。オーナーさん、やりきれないだろうなぁ・・・・。

それにしても私にとっては不幸中の幸い・・・。もし、あと30分早く到着していたら、キャビンの中に居たでしょう。うちの艇もアウトリガーとか立てていたから誘導雷が飛んできていた可能性も捨てきれず・・・・それを考えると背筋がゾッとしました。

怖いぞ雷!!!!!

2009年10月13日 (火)

体育の日

秋の連休、皆様は如何だったでしょうか。

わたしは突発性難聴の急性期を何とかやり過ごした感じでほっとしました。

気分的な看病疲れ?を逃れるため、、、先日台風でガリガリやってしまったところを補修する口実で久方ぶりにヨットに泊まってきました。ついでに全体的なニス塗りの軽補修を行いました。

しかしチークニス仕上げの補修は大変でした。台風でガリガリやってしまった部分は紙やすりで完全に地肌を出したので非常に綺麗に仕上がったのですが・・その他の部分は軽くサンディングしてニスの重ね塗りを行ったのですが、光沢は増すものの、白っぽくなった部分の色の回復は出来ませんでした。今後の教訓として学習したのですが

  • ニスの塗り重ね補修は「補修不要」と思う場所こそ行うべし
  • つまり重ね塗りは旧塗装面が劣化しないうちじゃないと意味が無い
  • 僅かでも白くなった部分は地肌を完全に出さない限り、ニスを塗り重ねても無意味!(光沢は増すけど、見た目は変わらない)
  • 少しでも白っぽくなったら、それは周辺のニスを全て剥ぎ取る事を意味する。相手がチークならば無塗装でも半永久と思うほどの耐久性があるので、我慢できなくなるほど汚くなるまで放置しておくのが吉。

ということでした。。。

さて、久しぶりに日曜祭日にマリーナに泊まってみて、何時もとは違って非常に活気溢れていました。(最近の私のオフは木曜中心。日曜は仕事が多い・・)

ニス塗りのインターバルは2時間必要だったのですが、その間は同じ桟橋の他の艇長さんとデッキで談笑。連休にずっと桟橋の上でニス番をしたお陰で新たに多くの方とお話することができてラッキーでした。 木曜日に行くと、サビシイ程に人が居ないんですよね・・・。

その後夕刻家に帰り、耳鳴りが僅かに残るものの、そろそろ笛練習できるかな?と思いおそるおそる吹いてみましたが、笛の高周波で耳鳴りが増すことも無く、ちょっと安心しました。明日はフルート界の巨匠、ジェームスゴールウエイの来日コンサートinサントリーに行く予定。どうしても聴きたかったので、何とか耳鳴りがおさまってくれて嬉しかったです。

今日はニスまみれでカメラ触れなかったので作業中の写真は無し。

Aki2

かわりに季節は秋・・・的な写真を。

NikonD3 AF-S MicroNikkor105mf2.8VR

2009年10月 9日 (金)

台風被害

みなさま台風は大丈夫でしたでしょうか?首都圏は電車止まっちゃうし、結構影響出ましたね。

私はというと、本来本日はフルートレッスン日で外出予定でしたが、耳鳴りが残る為にちょっとお休み。電車も止まっちゃってるので、こりゃどの道レッスン中止だったかな?とほっとしていたら・・・午後からピーカンの快晴になりました。

台風来ると気が気でないのが船乗りの習性・・・・。事前に増し舫いはしておいたものの・・・心配。。。

うちに居てもやることないので、ちょっと様子を見に行ったら・・・

ショーーーーック!!!

出航する時に舫いをとり易くする為、桟橋にポールを立てていたのですが、それが強風で倒れてガンネルに覆いかぶさっています。ガンネルは先日チークトリムをとりつけたばかり。

Taifu

写真は在りし日のものですが・・・・黄色矢印のように直撃。ポールには舫いを引っ掛けるステンレスの金具がついていて、それがチークのガンネルに丁度被さってまして、まるでカンナがけしたように削れていました。。。。。しょっくーーーーーーーー。。。。。。

本来は桟橋にモノを置いちゃいけないので全ては私が悪いんで・・・・自分の配慮の無さに悲しくなってしまいました。。。。一応念のために重石の部分を桟橋にロープで縛り付けておきました。

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