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2009年10月16日 (金)

海での怖い話し その4

随分前の話しですが・・保田漁港へ数艇で船団作り遊びに行ったときの話です。

当時を思い返して、ドキュメンタリーを・・・・。

<序章  喜びの出航>

当時、新艇(勿論中古艇 35ft、200PSTwinシャフト艇)のボートを入手して、たしか初めてのロングクルーズだったと記憶している。

保田に入る前は風はあれど波穏やかなクルーズ日和だった。午後から少し風が上がるとの予報が出てはいたが、至って穏やかな航行だった。

その船団の中に付き合いの長いO船長という方がおられた。彼はベテラン船長で、この海域の詳しさや電気・機関などへの玄人並の知識といい一目おかれる存在の船長。彼と一緒に航行すると私のようなサンデー船長にとっては非常に心強い存在だった。

行きのクルーズは終盤間近。保田漁港が見え、名物の大型定置網を左に見ながら漁港へと艇を進め、無事に港へ到着した。

<宴の後>

保田で宴を終えた頃。先ほどより随分風が上がり、漁港岸壁から見る浦賀水道は全く別の表情になってた。3m・・4m・・・?兎に角凄い波になっている。そして風は10分毎にどんどん強くなっていく様子を見せる。

これは今すぐ出ないと出航できなくなるな・・・・そう感じ、すぐに荒天時のチェックを今一度行い、ゲストには揺れると思うのでキャビンにいるように指示を出す。

O船長とは目的地がほぼ一緒だったので、無線で連絡を取り合いつつ一緒に帰る予定だった。この近辺は何度も通った道なので、特に事前ブリーフィングも行わず、暗黙の了解の下で出航準備を進めていた。

<牙を剥く>

保田漁港を出た瞬間、フライブリッジの上を通過する派手なスプレーを一発浴びた。

いやー、こりゃ難儀しそうだなぁ・・・でもま、何とかなるべ。

そして1分ほど沖へ進むと、なめて掛かると危険な状況であると判断した。一瞬港へ戻ることも考えたが、後ろを振り返ると港の入り口は沖より成長した波が押し寄せ凄いことになっている。出るには出れるが、戻るのは無理だ。丁度その時は25ft以下の艇が数艇一緒に居た記憶がある。しかし、、、そのサイズでは乗り切れない波と判断し、すぐに無線で「出ないほうが良い。かなり危険。」と告げた。

そうしているうちに、O船長の艇も港から出てきた。出た瞬間に船体が見えなくなるほどの波しぶきを上げている。彼の艇は35ft、300psツインシャフトのスポーツフィッシャーだったので、この程度は楽とは言わないが安全上はまあ問題ないだろう。

<凍りついた!>

O船長の船が私の右を通過し、足早に岸壁近くの三角波地帯を逃げるように進んでいった。流石にスポーツフィッシャーは荒波の中でも速い・・・。しかし、やや右に寄りすぎではないか?そちらには定置網がある。若干心配しながらも、「まあ、彼の事だから心配無用」と思って、私は私で自分の信頼するルートで船を進めた。

その瞬間、無線が開き・・・

「アミッ!!!!!!!!!!網につかまったッ!!!!!!!!!!!」

という彼からの緊急電が!

見ると定置網に艇を半分乗せ、荒波に揉まれているではないか!!!

私は全身という全身の毛穴が広がり、足が震えた。船に乗っていてこの時ほどの緊張を経験したことは、当時は勿論、未だに無い。

私は停船し、船を波に立てながら考えた。

「今近づくと、確実に二重遭難になる」

「かといって、この波で網につかまったら1分持たない可能性もある」

「迷っている暇は・・・・・ない!」

丁度、自分の艇に小型の自動膨張式ラフト(救命いかだ)が積んであった。最悪、コイツを使うか・・・・?

同乗者にはゲスト以外に免許持ちが一名同乗していたので

「本船はこれより救助に向かいます。ただ近寄ると本船も危険だから、最悪の場合、あのラフトにロープを結び、風上より向こうに流します。かなり揺れて危険なので、あなたも救命胴衣を確認して、出来れば命綱もつけて。キャビンのゲストには絶対外に出ないように命令してください」

そう告げて、無線にて・・

「あーーーー、、、最悪の場合はこちらからラフトを風上より流すから。要望あれば指示をして」

と告げた。

それと同時に

「ぬっ、抜けたっ!!!!網抜けたっ!!!!」

そのコールと共にバックしながら網から抜けていくのが見て取れた。

助かった・・・・・・・・・・・私は全身の筋肉がヘニャヘニャになるのを感じた。

後で聞いたことだが、大きな波が来て、艇がグワッと持ち上げられ、それで外れたとの事。大荒れ+網の恐怖は想像を絶するものだが、その大荒れの波に運良く助けられた形だった。なんと運が良いことだろう。

そしてO船長から

「えーーー、プロペラや舵が心配なので、一度どうにかして港に戻ります」とのコール。

念のために私は沖合いで彼が港に無事に入るのを確認し・・本来のルートに向けて単独航行に乗り出した。

<一難去って>

横波を食らうと危ないし、岸辺近くは砕け波で危険なので、一度太平洋へ向けて沖に出て、その後浦賀水道中央付近を北上し東京湾へ入ることにした。船を一度大島方向へ向けて暫く沖に出しをする。

沖合いに出ても、相変わらずフライブリッジから見ても波の頭が見えないほど波高はあるもの、波長は少し長くなってきて幾分楽になった気がした。

色々ありすぎて疲れた・・・・一息つける・・・・と思ったその瞬間、左のエンジンの吹けが極端に悪くなり、回転数がアイドリングまで落ちてしまいました。こっ、こんな大荒れの中でエンジントラブル!!??

そしてその数分後、今度は右のエンジンが推力低下!!!もうアイドル回転以上は上がらなくなった。

ここで青い顔すると同乗者がパニックになるので・・・免許もちの彼にだけに「いざという時にはシーアンカー流すから宜しく。この推力じゃ先の港には入れない。陸地近くは今の通りアンカリングも出来ない。浦賀水道中央まで出て、東京湾を目指し、観音崎を兎に越し風裏に回るから。途中でエンジン止まったら即救助コールするから、それまでは不安を顔に出さないようにネ」

と伝え

「ゆっくりいきましょうやー。ほらー、大島がみえるよー」とゲストには伝えておき、後は運を天に任せた。どの道この推力じゃ港に戻れないのだから。

そして、船を浦賀水道~観音崎に向け、デッドスローでの航行を続けた。

観音崎通過まで何分掛かった事かよく覚えていないが、兎に角永遠の時間に感じた。

何とか東京湾内に入るまでエンジンはデッドスローながら回り続けてくれた。このまま止まる挙動が無かったので、最寄の港に入り原因究明。予想通り、大揺れにより燃料タンクの汚れが攪拌され、フィルターが両方詰まったのが原因だった。なおあの揺れの中ではフィルターの交換は不可能だった。(エアを吸って止まったら終わり)

<この一連にての教訓・・・・>

海上においては、自分が強く「おかしい。変だ」と思ったことは、それが先輩であろうと、必ず具申するべきだということ。O船長に「そっち、網あるよ」と一言言っておけば、今回の事故は防ぐことは出来たかもしれない。その具申が相手のプライドを傷つけようと何だろうと、命あってのモノダネだ。たとえ「知ってるよ」「余計なお世話」だと言われたとしても、それで危険を未然に防げるならウルサ爺と言われても言おう。と、決めた。(ま、海上においてはです、、、、)

ps Oさん、読んでたら・・・・ブログネタに使っちゃいました~~~。あははー、ごめんー。

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